ソノヘソ 


へっぽこな日々のこととその場の思いつき
by ソノヘソ
プロフィールを見る
画像一覧

タグ:山田ズーニー ( 3 ) タグの人気記事

一年が終わる 終わるよ

2011年の総括&年末年始のご挨拶

この一年は
大きく
前に出た
開き直った年だった

去年だって開き直ったけど
今年はもう一枚皮を破った

これにはいくつかの要因があるように思う

一つは健康
去年、インドくんだりまでいって
パンチャカルマっつーもんうけて
毒素だしまくり祭りをきっかけに
朝方生活へ
体力ついたよ
体力つくと集中力もつくよ

二つめは震災と原発事故
3・11を境に
やっぱり日常はかわった
日本もかわった

かわらなかったって言う人もいるけど
やっぱりかわってしまった
良くも悪くも

このまま死んだら後悔するな
ってことをやろうと思った
想いを伝えること
面倒だけど
逃げないことにした

このまま死んだらいたじゃん?
ってのは意外と強いね


3っつめはズーニーさんの講座
表現力ワークショップ
を受けたこと

伝える、そのための文章を書く
問いを立てて自分の思いを発見していく
そのメソッド

山田さんの真剣さ
参加者のひたむきさ

全部がまるっとつながっている
嘘くささとか逃げなんかない
絞り出したものは
絶対伝わるし
どんな特異な状況も
共感できるところがある

そんな表現のすごさを体験させてもらった
すごくうれしい


おおきくはこの三つ
大変な一年だったけれど
でも2011をこの日本で過ごせてよかったと思う
心から思う
by sonoheso | 2011-12-31 18:18 | へっぽこな日々

心の消化器官

小説・詩・読み物


ズーニーさんの今週のコラムで紹介されていた
読者のマイさんのメールの
「むきだし」「やっと手に入れたものは大事にする」「簡単なものはすぐほどけてしまう」
を読んで、激しくうなずいた。

誰かの主催したイベントで「これくらい」の会話は空しい
自分が声をかけて集まった仲間と「むきだし」で話す会話は刺さって抜けない
次の日も一週間後でも思い出して考え込み
相手にまた会いたいと思う。

この「むきだし」の会話が刺さるのは
どこなんだろう? と思ったとき
ああ、心の消化器官だ、と思った。
心の消化器官を使って、
相手のいった言葉を受け止め咀嚼する
どうして、なんで、相手はこれを言ったのか
私の心にこれが刺さったのか
一生懸命働かせる。
相手をわかりたいから
そこに何かがあるから。

「ともだち風味」の関係での
あたらずさわらずの会話
それはお仕着せの加工品の会話だ。
だから、理解するのは容易だけど
心の消化器官は使わない
ジャンクな栄養はかえって体を疲弊させる
だから「ともだち風味」に身を置くと
後悔し、寒々しく弱っていくと感じるのかも

「むきだし」の関係は掘り出されたばかりの野菜や
みたこともない魚介類みたいなもの
未知の食べ物ではおなかを壊すかもしれない
でも、とんでもなくおいしい栄養豊富なものかもしれないどちらかわからない
だから鍛え上げた消化器官で挑んで確かめる
それと同じように人間関係を消化する

おなかが強い人と弱い人がいるみたいに
心の消化器官も
弱い人と強い人がいて
強い人はこのノンアルコール社会で
むき出しで未知の会話や人間関係に
飢えているのかもしれない
とふと思った。
by sonoheso | 2011-12-15 18:20 | 考える筋トレ部

解放の手立てと出す手続きは偉大だ

ニュース・評論


今週の大人の小論文教室で一番残ったのが

よいマニュアルは解放の手だてを用意してくれる。

そのフレーズで思い出すのは
高校時代演劇部で練習としてやっていたエチュード
お題が与えられ二人で即興演技をしあう。
例えば、駅で人を待つ、夏休み、昼寝をしている猫、お祭りでの恋人
守らなくちゃいけないルールは相手のリアクションを否定しないこと
それだけ。
たったこの二つの制約が
想像力の懸け橋になる。

なんのお題もルールもないとき
高校生の私たちはうろうろざわざわ
にやにや笑って周囲をうかがったり
手元にある台本を読んでみたりするだけだった。
でも、講師がエチュードとして
お題とたった一つのルールを設定するだけで
私たちは動き出す。
子供の遊びみたいに際限なくセリフは溢れ出し
観客役の仲間も夢中になる。

アウトプットのきっかけがあると
驚くくらいやりたいこと、伝えたいことが噴出してくる。
ないとふん詰まりで高校生の私はどうしていいかわからなかった。
うずうずしてるけど糸口がわからない。
できない、とは思ってない。
想いが大きすぎてどこから手を着ければいいかわからなかっただけ。
その大きすぎる想いに印をつけるメジャーがお題とルールだった。
印があれば、取り出し方がわかる
ああも、できる! こうもできる!
まったくの無からなにかを取り出すのは
よほどの才能があるか、訓練された技術者でないと無理だと思う。

マニュアル本にも上出来なものはあって(失礼な言い方ですが)
それは枠を示して、読者を遊ばす余裕をもたせてくれるもの
よい問い、を含んでいるもの
スーニーさんの言う
良いマニュアルは解放の手立てを用意してくれる。
ああ、たぶん良いマニュアルは加工品でなく生ものなのだ
だから高校生の私たちは生き生き摂取して栄養にできたのだ
金時豆子さんの言う、「出す手続き」はすごく有効
大人の補助があって
はじめて私たちは駆け出せたのだと思う。

ズーニーさんの講座でのインタビューワークでも
この「出す手続き」「解放の手立て」
を強く感じる。
決められた質問に答えていくことで
私の中にルーラーや座標軸が作られていく。
それがあれば人前での発表もできるし、800字に文章にもまとめられる。
きっかけがあれば表現ができるというのは
子供でも大人でもだれでも同じだ。
by sonoheso | 2011-11-30 19:16 | 考える筋トレ部
カテゴリ
以前の記事
ライフログ
検索
お気に入りブログ
外部リンク
最新のトラックバック
タグ
人気ジャンル
最新の記事
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧