ソノヘソ 


へっぽこな日々のこととその場の思いつき
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一年たって思うことは案外変わらない

旅行・地域

パンチャカルマに行って、
帰ってきて、
なんだかあれは夢だったんじゃないかと、思う。

牛がのんびり歩いて、
地平線まで荒野で、
うんちが落ちていて、
チョコレート色肌の人たちがバイクで飛ばしている。

賢さや卑しさ、
豊かさと貧しさ、
美しさと醜さとの差。
朝の柔らかい日差しと、昼の暴力的な太陽の差の激しさ。
いちいち強烈だった。

1年たって、震災もあって、体調は乱降下したりもした。
でも、最良の状態を知っているから、大丈夫。
今はちょっとへたれているけど、戻せる。
そんな自信が生まれた。自分の基本ラインを知るってことは大事だ。

英語もろくにできないくせに、インドへ行って、吐いて騒いでいろいろ出して、どきどきだったけど、もう一度行ってみたい。
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by sonoheso | 2011-12-04 17:09 | へっぽこインド滞在記

インドウルルン滞在記

旅行・地域

インド人リアルライフに
あわあわしながらも帰りの時間があるので、さくさく着物に着替えて玉簾をする。

スミタの弟は大学の友達を4人つれてきていた。
ちなみにスミタは私のたますだれを6回くらいはみているのだけど、
3回目あたりからたますだれの口上を覚えてしまい一緒に歌っていた。
2回聞いただけで覚える。
記憶力がハンパない。
日本語パートもあるのに耳コピーだ。

たますだれはスミタファミリーに受けた。
お母さんもお父さんも大喜びで、スミタ弟は携帯で動画を撮っていた。
ちなみに、弟とその友達はすぐに携帯をテレビにつないで動画を見ていた。
こういうところがすごく不思議だった。

このすばらしく清貧な家で、携帯は最新式。
スミタたちの学生寮ものぞかせて貰ったけど、そこも清貧ってか刑務所みたいで、そんなところに住んでいるのに自分用のラップトップパソコンとかを持っている。
そして携帯は当然、動画も音楽もいける最新式。

ただ、家がこういう方が涼しいし、不便がないからこうなだけなんだろうか。
異文化だなあ。

そしてスミタのママ手作りのランチをごちそうになる。
すごくおいしい。
野菜の味がしっかりしていて、よけいなものが入っていない。
病院の食事はマイルドなので、ノーマルインド飯はスパイシー。でもおいしい。
スミタの手で食べる所作の美しさを盗み見しながら、真似してみる。
触感ってのも大事だ。

ご飯のあとは近所のシヴァ寺院に参拝する。
ピンク色のカラフルなシヴァ寺院もいいけど、その前にあった施し小屋に描いてあった絵。
筋肉もりもりのパンツ一丁の親父。落書きではない。
アーユルヴェーダではいい筋肉はいい消化力をもたらす、と考える。
私なんかは消化が弱いから、肉や魚を食べるなら、筋肉つけろ、マラソンしろ、ジムへ行けといわれた。
「これってグッドマッスル、グッドアグニ(消化力)ってこと?」
「うん、そう」スミタは答えた。
なんか、寺院の付属物に裸のマッチョを描くセンスってのがすごすぎて、よくわからない。

サンダルを脱いで参拝をする。
シヴァ信仰の場合ご本尊はシヴァリンガム。
男性器と女性器がどーんと置いてある。

そこは鍵がかけられていて、鉄格子から覗くのみ。
なぜだかついてきた近所の子供らと、シヴァ寺院のなかで記念撮影をする。
寺院をでようとしたら、スミタのママが息を切らしながら走ってきた。
「鍵借りてきたから、中まで入れるわよ~~~」
と、言うわけで中に入った。
中は暗くてお香の匂いがして、草や花が捧げられている。
シヴァリンガムの上には銅製のポットがつるされていた。
これはお祭りや儀式の時、牛乳を垂らしたりするためのものだそうだ。

スミタのペットの犬と戯れ、村の雑貨屋さんで買い物をした。
時刻は5時近く、帰り道は三時間かかるからもう帰らなくてはならない。
スミタの両親にお礼を述べ、お別れの挨拶をする。スミタはお父さんの足におでこをつけて挨拶をする。
驚愕する私たち。
え? 私たちもやるんですか? 
と聞くとしなくていいよ、と手を振るスミタとスミタパパ。

父親が絶対というのは、今もそうなんだな。
スミタは高等な教育を受けているけれど、
娘の時は父に従い、結婚しては夫に従い、夫が亡くなれば息子に従う。
それはいまでもそうみたいだ。
スミタにいつ結婚するの? と聞いたらば、はにかみながら
「それはこの人たちが決めることだから」
と両親を示した。
インドの結婚は今でもお見合いが圧倒的多数で、同じカーストの人と、占星術をみて相性を確かめ、価値観を話し合って結婚するそうだ。
気が遠くなった。

タクシーに乗って帰りながら、インドの生活の昔と今の混じり具合をうまく飲み下せない。
伝統的な家屋とハイテク機器。
家族関係と女性の社会進出。
カーストと人付き合い。
スラムと現代的な建築。
ぼろぼろの物乞いと賢く純粋なドクター。
そして貧富の差。

よくわからない。よくわからないけど、何かが引っかかる。
日本と同じ問題もかかえているし、日本がとうに通り過ぎた問題もあるし、日本が失ってしまった知恵や、保存されている英知もある。
光と影と言えば簡単だけど、時間をかけてじわじわこの違和感の正体がみえてくるのかも。

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by sonoheso | 2011-12-03 16:59 | へっぽこインド滞在記

正月にインドの市場でうろうろする。

旅行・地域

インドの市場で買い物。
トゥルシーバという市場は言うなればアメ横。
人混みもお店の大きさも、雑多具合も。
手を引かれながらじゃないと、迷子になる。

驚いたというか当たり前なんだけれど
、町にいるインド人はアメ横あたりをうろうろしている日本人と変わらなかった。
病院にいるドクターたちがあんまりにも賢すぎて、インド人別次元と思っていた。
でも考えてみれば彼らは超エリートな訳で、普通の人はふつう。
こすっからそうなのや、鈍そうな人、間抜けそうな人、いろいろ。

昼間に外をうろうろすると疲れる
。朝や夕方は涼しくても昼間は暑い。
外出日は曇りで気温が通常より低かったはずなのに、それでも12時から3時くらいは暑かった。
治療後なので、外の食べ物は禁止だったのでお弁当持参。
そうは言っても、つまみ食いしたーいと思ったが、ココナツジュース飲んだだけでおなかいっぱい。無理、入らない。パンチャカルマ後ってのは手強い。

外出二日目はDrスミタのおうちへ行く。
これは秘密ね!と何度も念を押された。
あとで聞いたところによると買い物につきそうのはOKだけど、家までつれていくのは規則違反でばれたらクビらしい。
スミタの家までは3時間半。
遠い。
体力のない身にはしんどい。
でも貴重な休日をつぶして買い物につきあってくれ、
昨日も家に誘われて断ったので、また断るのは申し訳ない。
若いドクターたちは多忙で月に一度しか休みがもらえないそう。
本当に毎日いる。
夜勤もする。
心配になるくらい働いている。
そのうえ勉強までしたり、後輩に教えたり、時間があってもあっても足りないそう。

どうしてスミタの家へ行くことになったのか?
それはスミタに誘われたから。
スミタのお父さんが玉簾をする日本人に会ってみたいって言ったんだって。
まあ、そんな珍外国人なかなかいないだろう。
会ってみたいだろうね!
それに私もインド人のリアルな生活をみてみたかった。
あとスミタにはいろいろお世話になっていたからお返しをしたかった
。クリスマスプレゼントを貰ったし、貴重な休日で買い物案内して貰ったし。

三時間半の道のりは長かった。
とはいえドライブはおもしろい。
なんせずっと病院のあるワゴリにしかいなかった。
ワゴリはすごい田舎で牛がそこらへんを歩いている。
デカン高原の入り口で荒れ地。別に風光明媚ではない。

でも道中見える景色は、雄大な山があり、湖と緑があり、牛がサトウキビを山ほど乗せた車を引いている。美しい。
もちろんスラムや交通渋滞やいろいろある。
でも乾いた土地に水が流れ、植物が芽吹いている様子は本当にきれい。
水を神聖視するのもわかる。
インドは本当にほこりっぽくて靴があっと言う間に砂色になる。

黒くてやせた農民がサトウキビ畑で働いている。
サリー姿でよく動けるものだ。
洋服を着ているのはハイクラスの人で労働階級の人たちはみな伝統的な服。
むごいくらい貧富の差が明らかだ。

やっとついたスミタの村は人口300人くらいの村だった。
道路は舗装されておらず、家は平屋の煉瓦づくりで、牛が歩いている。
道中、一緒に行った日本人の子と話していた。
「スミタん家がああいうバラック小屋だったらどうする?」
「がんばって笑顔でたますだれする」
道沿いはコンクリートの建物のゾーンと、トタンやそこらへんの木を寄せ集めて作ったバラック小屋ゾーンにはっきり分かれている。
バラック小屋の前を通る度に冗談でそう言いあっていた。

スミタの家はバラック小屋ではない。
きちんとした煉瓦作りでアーユルヴェーダの診療所の小さな看板がかかっている。
天井は低く、採光はよくない。
でもインドは陽光を嫌うからそういうものらしい。
壁に塗られたペンキはところどころはげている。
スミタのお父さんはサングラスをかけにこにこ笑っている。
スミタのお母さんは黄色いサリーを着ている。
家の中にすぐ引っ込んでしまった。

家の中に入ろうとしたらば、スミタやお父さんに止められた。
なんだろう? と首を傾げていたらば、お母さんがチャパティと水を持ってでてきた。
ちぎったチャパティを地面に投げ、水をまく。
なんか言葉も言っていた。
「いいよ、家の中に入って」スミタが言う。
お迎えの儀式だったらしい。

家の中は、広さ的には日本の3LDKくらいだった。
小さな待合い所があり、シンプルな木の机のある部屋(おそらくここが診療室)には
神様の像が飾られた棚がある。
患者さんをみるらしいベッドのある部屋をぬけると、テレビのある部屋。
奥には大きなベッドが置かれていた。
おそらくここがリビングルーム。
座れ座れと勧められ、イスに座ると、スミタが水をくれた。
テレビではインドのコメディが流れているけど、日本人的にはシュールだった。

この部屋の次は中庭で空が見えている。
中には水場とトイレがある。
中庭を挟んでもう一つ部屋があって、そこは台所。
竈があってスミタのお母さんがチャパティを焼いている。

インドでは水を個人的に引いていればそれなりのうちと聞いたけど、きっと、ここは村としては悪くない家なんだろう。
でも圧倒された。
煉瓦で、暗くて、中庭も生活スペース。
屋根には草が生えていた
雨の日の中庭はどうなるんだろう?とかよけいなことを考える。

でもスミタの家はお父さんはアーユルヴェーダのお医者さんで、
スミタもお医者さんで、弟は大学生でエンジニアの勉強中だから、決して貧乏じゃないし、
カーストだってクシャトリヤ(武士階級)だし、きっとここは中流家庭ではあるはず。
でもこの家。
インドリアルライフ、すごすぎる。
道理で病院の簡素なベッドを、これは豪華で柔らかいと言い張るはずだ。



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by sonoheso | 2011-12-02 17:52 | へっぽこインド滞在記

十二月の満月は神様誕生日、ダッタシェンティ。

旅行・地域

十二月の満月はダッタ神の誕生日でダッタシェンティというお祭りだ。
そのお祝いの儀式に参加した。

開催場所はサマーディ。
マハラジの眠るお墓とマハラジが啓示を受けた聖なる岩があるところだ。
毎朝きれいに掃除され、お祈りや瞑想をする人が訪れる清らかなところである。
なんかよくわからないけど、温泉みたいなあったかい波動というか見えないなんかがある。
岩に手を触れるとびりびりする。
感電しているわけでもないのに不思議なことだ。

そんな神聖な場所に今晩はクリスマスツリーな電飾が巻きつけられていた。
古式ゆかしい花飾りや蝋燭でなく四色の豆電球。
お墓や岩は赤や黄色やピンク色のお花がインドチックな幾何学模様に飾られていた。
なんだか安心した。

三代続く僧侶の家系に生まれたドクターが鮮やかな赤紫のドーティ(インド式ズボン)一丁に上半身裸でチャンティングをあげる。
三〇分くらいのチャンティングを暗唱するのだ
インドの頭がいい人は記憶力が半端ない。

満月でお花いっぱい飾ってお香焚いて、
ココナツのゆり籠を百八回揺らす。
インド人たちはチャンティングの途中で手拍子を始めたり、
立ち上がって回ったりする。
盛り上がってやっているのではなく、定められた振付のようだった。
なんだかすごく異文化だ。

滞在中に遭遇した異文化といえばプージャ。
サトヴィクアーユルヴェーダスクールの佐藤先生がプージャ(神様への願掛けの儀式)をした。
一万円くらいでできるのだけどインドだから本格的。
ブラフマンの僧侶でもあるドクターがえんえん一時間チャンティングする。
途中お香焚いたり、咳こんだり、花を撒いたり、鐘をならしたり、腕立て伏せをしたり
(ちゃんとした礼拝の動作だ)
なかなか華やか、なかなか荘厳。
そしてチャンティング後に雌牛に餌をやる。

インドでは牛さんの中には全部の神様がいると考えるらしい。
300いくつの神様が同居している。
牛さんの腹(かどうかは知らないけれど)にわんさかいる。
そりゃあ牛とかモツとか食べられないわけだ。

神様が全部いるわけだから餌をやることが供養というか祭礼になる。
儀式の途中、つながれた木を引っこ抜いて脱走していた角が赤く塗られた雌牛はかなり食欲旺盛で草(おそらくトウモロコシ)を引っ張りまくりだった
。牛の平たい歯に草が噛み砕かれるのを見て、これがお祝いかとしみじみする。
牝牛に触るとじっとりと汗ばんでいた。
最後に脳みそが蕩けそうなくらいおいしいミルクバルフィをプラサードとして振る舞われて、おしまい。





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by sonoheso | 2011-11-25 18:10 | へっぽこインド滞在記

インドまでの道って 遠いようで 近い。

  旅行・地域 
朝の散歩道で茶色の牛に会う。
道には牛糞と、ターメリック色の人糞が落ちている。
あたりは背の低いとげのある草が生える荒野が見渡す限り続く。
東は地平線まで荒野。西は遠くにプネの町が見える。
夕方、色の禿げたビルの隙間から花火があがったりする。

マハラジのお墓のある聖地サマーディまでは片道十五分の道のりで、朝と夕方、毎日歩く。
すれ違うのはカラフルなパンジャビドレスの大学生やサリーをきた病院で働く人。
集団で走る野犬。スクーターで通勤する医者。赤紫の花を咲かせるハイビスカス。

2010年の十二月、インドにいた。
ワゴリのアーユルヴェーダの大学病院でパンチャカルマを受けていた。
濃くてスパイシーなチャイを飲み、みそ汁のようなやさしい味のインド料理を食べ、電子辞書片手に冷や汗をかいていた。
パンチャカルマは浄化療法。
毒を出しにわざわざインドくんだりまでいった。

なぜ、パンチャカルマを受けにいったのか。
それはサダナンダ先生の脈診を受けたからだ。
何代も続く医者の家系に生まれ、
今回滞在した大学病院の財団長でもあり、
脈診の名人のサダナンダ先生。
サダナンダ先生の脈診がどれだけすごいかというと、
脈を診るだけで胎児の頃母親に起こった出来事がこの症状につながっている、
とか、四年前に高いところから落ちたからこの症状がでている、
みたいな感じでわかる。
朝の脈だけで、わかる。すごい。

さらにすごいのがそのとき処方されたことをちゃんと守れば、
きちんと体はよくなるということ。
それは例えば、
夜早く寝ろだの、
朝にアロエとターメリックと蜂蜜混ぜたものを飲めだの、
ヨガしろだの、
白湯飲めみたいなこと。
もちろん全部はできない。
だけど、十二くらいわたされる条件を半分でも実行すると体が変わる。
私の場合は勝手に早起きになった。
7時まで意地汚く寝ていた私が4時半に勝手に目が覚める。
アーユルヴェーダでは日の出の96分前に起きることが推奨されている。
その時間に勝手に目が覚める。

サダナンダ先生の脈診で
「あなたが怒るのは、頭にアーマが詰まっていて、
それで空回りしている。
言われたことを全て守れば今は一しかできないが十できるようになる」
と言われた。
思ったことが十分の一もできない。
理想と現実がついていかなくて癇癪おこしている。
夢の中、必死に走っているのに前に進めないようなもので、
自分で自分がコントロールできていない。
それに落ち込んでふてくされ、さらに課題が山になる。
バカの悪循環だ。
サダナンダ先生からパンチャカルマをどの時期でもいいから
(症状によっては、冬がいい、とか指定があったりする)
三週間受けなさい、と言われた。それが2010年の五月のこと。
2010年は焦げそうなくらい暑かった。
わたしのへっぽこ頭と体は調子を崩した。
体重は7キロ増加し、
ストレス性の蕁麻疹が世界地図みたいに腕や足に広がり、
いらいらしながらも鬱っぽくなるという訳のわからない状態になった。
そこでサダナンダ先生のアドバイスを思い出した。

そうだ、インドへ行こう。
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by sonoheso | 2011-11-22 17:46 | へっぽこインド滞在記
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