ソノヘソ 


へっぽこな日々のこととその場の思いつき
by ソノヘソ
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警戒区域に入ります


なにかを書くというとき
当たり障りのないものでは
心を打たない

どうでもいい、は
どうでもいいを連れてくる

さわりたくない場所
弱点、醜さ、面倒で消してしまいたいアレ
そこに伝えるだけのものが眠っている
誰に?
まずは自分に。自分が宝を得る。
自分が弱くてくだらんと思っている箇所が
実は人にはない視点の素だったりする
気づかなければしまったままでおしまい
でも取り出したらその価値に
こっそり笑みが漏れる
くだらない自分ではなくなかなかやるじゃないか自分
になっている。
それが書くことの効用。

「病気」とか「大切な人が死んだ」とか「災難にまきこまれた」っいう
大きなマイナスは確かに表現するうえでビビットで
「これ持ってこられたら勝ち目ないよ~」ってな感じになru

でもなんで、勝ち目ないよ、とか、マイナスを表現する側も「これはずるいかも」って思うんだろう?

書く本人は
これを書いたら自分の底をさらけ出し、
自分に、そして人に影響を与えずにはいられない
あとには引けない覚悟を決めるし、

受けて側は
そんなしんどい、暗い、深いところを披露されたら
自分のしんどい、暗い、深いところが開かずにはいられない
書き手に胸倉をつかまれ魂が引きずり出される痛みを感じる


飛び道具みたいなお題は強い
人は、はっ!!!と引きつけられる
ニュース性が高いから、それだけで価値がある
でもニュースは掘り進んで普遍的ななにかを獲得しない限り
新聞紙のように翌日には捨てられる

そのままで必殺技みたいな強いお題がなくとも
人をぶるぶる揺さぶるものは出力できる
個人の課題は突き詰めれば普遍性を帯びる


一歩進むのだ
何か踏み込んだときでてくる感情は
あなたと私とどっかの誰かの奥底に流れているもの
共有できる宝
だから人は伝える
人は書く

だれでもトレジャーハンターになれるのだ
# by sonoheso | 2011-12-03 10:31 | 考える筋トレ部

これは、誰かへの手紙です。

アートな秋&自分磨きの秋を楽しむなら?

文章が違う、といわれた。
ズーニーさんの表現力ワークショップでご一緒している高橋さんにワークショップで書いている文章と、ブログの文体が違うと
はて? なんでだろう。

ワークショップではお題が出される。
「自己紹介」「相手に伝える」「自分を社会にデビューさせる」
明確な他者がいる。説得しなければならないことがある。
戦略が必要だ。
キャッチーなつかみ、すかさず主張、でも押しつけがましくない調子も必要
そんな感じでソフトにクリアに言葉を差し出す
いうなればワークショップでの文章は
演台でのスピーチだ
とてもパブリックで、人の気を逸らさないように心がけている

対してブログ、
まずはインド日誌
これは異文化を客観的に分かりやすく伝えよう
という試み
アーユルヴェーダって何ぞ?
と興味をもっていただけたら至福
だからなるべくセンテンスを短く、明確に書く
だからインド日誌は
カメラを通して風景をみるみたいなレポートだ
周りにはなにがあり、どんなことが起こるか中継しましょう、という意識

そして日々のこと
これは思考の過程のアーカイブ
というつもりで書いている。
疑問がはじめにあって
それを書くことで追いかけていく
だからどこか素っ気なくて慌ただしいかもしれない
でもこれはアーカイブ
いつか読み返すことを意図している
読み返すのは未来の私であり、共通話題をもっている誰か
手紙だ。
伝えたいことを孤独に必死に、でも届くことを疑わないで書く手紙。
なので破綻があってもご愛敬。
それも含めての課程が大事だ。

と、いうような違いがあるなと気づいた。
積極的に意識はしていなかったけど
書く前の姿勢が違った
なるほどな
# by sonoheso | 2011-12-02 19:55 | 考える筋トレ部

正月にインドの市場でうろうろする。

旅行・地域

インドの市場で買い物。
トゥルシーバという市場は言うなればアメ横。
人混みもお店の大きさも、雑多具合も。
手を引かれながらじゃないと、迷子になる。

驚いたというか当たり前なんだけれど
、町にいるインド人はアメ横あたりをうろうろしている日本人と変わらなかった。
病院にいるドクターたちがあんまりにも賢すぎて、インド人別次元と思っていた。
でも考えてみれば彼らは超エリートな訳で、普通の人はふつう。
こすっからそうなのや、鈍そうな人、間抜けそうな人、いろいろ。

昼間に外をうろうろすると疲れる
。朝や夕方は涼しくても昼間は暑い。
外出日は曇りで気温が通常より低かったはずなのに、それでも12時から3時くらいは暑かった。
治療後なので、外の食べ物は禁止だったのでお弁当持参。
そうは言っても、つまみ食いしたーいと思ったが、ココナツジュース飲んだだけでおなかいっぱい。無理、入らない。パンチャカルマ後ってのは手強い。

外出二日目はDrスミタのおうちへ行く。
これは秘密ね!と何度も念を押された。
あとで聞いたところによると買い物につきそうのはOKだけど、家までつれていくのは規則違反でばれたらクビらしい。
スミタの家までは3時間半。
遠い。
体力のない身にはしんどい。
でも貴重な休日をつぶして買い物につきあってくれ、
昨日も家に誘われて断ったので、また断るのは申し訳ない。
若いドクターたちは多忙で月に一度しか休みがもらえないそう。
本当に毎日いる。
夜勤もする。
心配になるくらい働いている。
そのうえ勉強までしたり、後輩に教えたり、時間があってもあっても足りないそう。

どうしてスミタの家へ行くことになったのか?
それはスミタに誘われたから。
スミタのお父さんが玉簾をする日本人に会ってみたいって言ったんだって。
まあ、そんな珍外国人なかなかいないだろう。
会ってみたいだろうね!
それに私もインド人のリアルな生活をみてみたかった。
あとスミタにはいろいろお世話になっていたからお返しをしたかった
。クリスマスプレゼントを貰ったし、貴重な休日で買い物案内して貰ったし。

三時間半の道のりは長かった。
とはいえドライブはおもしろい。
なんせずっと病院のあるワゴリにしかいなかった。
ワゴリはすごい田舎で牛がそこらへんを歩いている。
デカン高原の入り口で荒れ地。別に風光明媚ではない。

でも道中見える景色は、雄大な山があり、湖と緑があり、牛がサトウキビを山ほど乗せた車を引いている。美しい。
もちろんスラムや交通渋滞やいろいろある。
でも乾いた土地に水が流れ、植物が芽吹いている様子は本当にきれい。
水を神聖視するのもわかる。
インドは本当にほこりっぽくて靴があっと言う間に砂色になる。

黒くてやせた農民がサトウキビ畑で働いている。
サリー姿でよく動けるものだ。
洋服を着ているのはハイクラスの人で労働階級の人たちはみな伝統的な服。
むごいくらい貧富の差が明らかだ。

やっとついたスミタの村は人口300人くらいの村だった。
道路は舗装されておらず、家は平屋の煉瓦づくりで、牛が歩いている。
道中、一緒に行った日本人の子と話していた。
「スミタん家がああいうバラック小屋だったらどうする?」
「がんばって笑顔でたますだれする」
道沿いはコンクリートの建物のゾーンと、トタンやそこらへんの木を寄せ集めて作ったバラック小屋ゾーンにはっきり分かれている。
バラック小屋の前を通る度に冗談でそう言いあっていた。

スミタの家はバラック小屋ではない。
きちんとした煉瓦作りでアーユルヴェーダの診療所の小さな看板がかかっている。
天井は低く、採光はよくない。
でもインドは陽光を嫌うからそういうものらしい。
壁に塗られたペンキはところどころはげている。
スミタのお父さんはサングラスをかけにこにこ笑っている。
スミタのお母さんは黄色いサリーを着ている。
家の中にすぐ引っ込んでしまった。

家の中に入ろうとしたらば、スミタやお父さんに止められた。
なんだろう? と首を傾げていたらば、お母さんがチャパティと水を持ってでてきた。
ちぎったチャパティを地面に投げ、水をまく。
なんか言葉も言っていた。
「いいよ、家の中に入って」スミタが言う。
お迎えの儀式だったらしい。

家の中は、広さ的には日本の3LDKくらいだった。
小さな待合い所があり、シンプルな木の机のある部屋(おそらくここが診療室)には
神様の像が飾られた棚がある。
患者さんをみるらしいベッドのある部屋をぬけると、テレビのある部屋。
奥には大きなベッドが置かれていた。
おそらくここがリビングルーム。
座れ座れと勧められ、イスに座ると、スミタが水をくれた。
テレビではインドのコメディが流れているけど、日本人的にはシュールだった。

この部屋の次は中庭で空が見えている。
中には水場とトイレがある。
中庭を挟んでもう一つ部屋があって、そこは台所。
竈があってスミタのお母さんがチャパティを焼いている。

インドでは水を個人的に引いていればそれなりのうちと聞いたけど、きっと、ここは村としては悪くない家なんだろう。
でも圧倒された。
煉瓦で、暗くて、中庭も生活スペース。
屋根には草が生えていた
雨の日の中庭はどうなるんだろう?とかよけいなことを考える。

でもスミタの家はお父さんはアーユルヴェーダのお医者さんで、
スミタもお医者さんで、弟は大学生でエンジニアの勉強中だから、決して貧乏じゃないし、
カーストだってクシャトリヤ(武士階級)だし、きっとここは中流家庭ではあるはず。
でもこの家。
インドリアルライフ、すごすぎる。
道理で病院の簡素なベッドを、これは豪華で柔らかいと言い張るはずだ。



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# by sonoheso | 2011-12-02 17:52 | へっぽこインド滞在記

ドキドキしながら行方を見つめる編集する

アートな秋&自分磨きの秋を楽しむなら?
精一杯やったことが
自分の手を離れ
状況や
他人の手に委ねられる

渡した先は
こちらの意図が伝わっているかどうか不明
説明はしたけれど
理解はした風だったけど
本当にわかっているのかな?

でもこちらは
全力を尽くしたのだし
文句を言われようと
後悔はない

事態がどう進んでいくか
ドキドキしながら行方を見つめるだけ

叶うことならば
最良の結果がもたらされるといい
# by sonoheso | 2011-12-01 20:40 | へっぽこな日々

帰ってきてからの変化、実際、数字に出ると驚くよね。

旅行・地域

パンチャカルマを終えての変化。
なにが変わったのか、行く前のわたしと、行った後の私。数字的なものでいくと

○体重5、5キロ減

これはヴァマナ(吐く治療)で謎の液体が1、5キロ分でたのが大きい。
で、ヴァマナ後はなかなか消化力が戻らず、液体っぽいものばかり食べていた。
日本に戻って、驚いたのは日本の食事の重たさ。
消化できない。
吹き出物&口内炎祭り。
小食にし、スープを必ずつけることでなんとかやりくりしていた。

○視力が右が+3、左が+2よくなった。

めがねを三ヶ月前に作りなおしたばかりだったのだけれど、パンチャカルマ二週間目を過ぎたあたりから、かけていると疲れる。
これはもしやと思い、はかりなおしたら目が良くなっていた。
正確に言うと度数は右が+2、左が+1で、乱視が無くなった。
軽い乱視がめがねをかけ始めた小五のころからずっとあったのが無くなった。
なのでそれを加味すると+3、+2ぐらい良くなっていた。
はかった眼鏡屋さんは首を傾げていた。
これはたぶんヴァマナのおかげ。
目はピッタの座、ピッタはカパを嫌う。
ヴァマナはカパを出す治療。
よって副作用で目が良くなった。びっくりびっくり。


数字的なものではないけれど、体感できた変化。

○頭脳が明晰になった。

サダナンダ先生に言われていた。
「あなたが怒るのはアーマ(毒素)が頭に詰まっているせいで空回りしてしまうからです。
すべての処方を守れば(それはパンチャカルマだけでなく日々の食事や行動も含まれる)今は1だけれど10できるようになる」
アーマがでた。10では無いけれど、4はできるようになった、たぶん。
まず、段取り上手になった。
処理脳力があがった。
ためらいが無くなった。
ものごとの本質がクリアに見えるようになった。
あと心が穏やかで、周りの人にすこし優しくなった。と、思う。

○鼻が開通し、舌苔の色が変わった。

鼻が詰まらなくなった。
インドへいく前は左がいつも詰まっていた。
カパは鼻を詰まらせる。
カパがでたから詰まらなくなったと推測される。
舌苔がいく前は白っぽかったけれど、帰ってからは黄色になった。
白はカパの色。黄色はピッタの色。変わった。

○あんまり落ち込まない

パンチャカルマの最中と後は感情が揺れ動くので、めそめそしやすくなった。
これは私の場合。すごい怒りっぽくなっている人や恐がりな人もいた。
で、パンチャカルマ最中から「ま、いいか」と思えるようになった。
インドはインドタイムなのでいろいろゆっくりだったり予定外だけど、まあ、いいか。
自分のばかなところもまあ、いいか。
日本でもそんな感じ。
まあ、いいか。肩の力が抜けている。

○体が楽

体が軽い。体重的なことじゃなく、こりがとれた感じ。関節がスムーズ。

○くびれた。体のラインが曲線美。

体重が減ったせいももちろんある。
ヴァマナあとに部長のマダムガヤルと担当医のニラジャに
「くびれるわよ、くびれるわよ、カーヴィになるわよ!」
と言われてた。

でも、そのときの自分としては、
(いや、私はすっきり健康になりにきただけであって、ダイエットしにきたわけではないから)
と、思っていた。

ヴァマナ前にも食事指導があり、好きなもの、よく食べるものを問診され、食べるとよろしくないものを教えてもらう。
中毒になるものは大体よろしくない。チョコとかクリームとか。

くびれ、そう、くびれ。
肉があるべき位置に納まっている。
それは内臓が正しい位置にあるから、そんなくびれ方。ただやせたときとは違う。
尻もあがり、乳もあがり、まさにカーヴィボディ。ビキニも怖くない。
維持できればの話だけど。

帰ってから苦労したことがいくつかあった。

○食事のこと

パンチャカルマ後の一ヶ月はベジタリアンにならなければならない。
インドのベジタリアンなのでラクトベジタリアンにあたる。
乳製品は大丈夫で、肉と魚と卵はだめ。
アーユルヴェーダで肉でだしをとったスープを滋養をつけるために飲んだりする。
なので、だしは魚と肉はOKということにした。
そうでないと味噌汁も飲めない。

日本の食事は重い。帰って二日目に日本式カレーを食べたらば、三口でおなかいっぱい。
もう食べられない。スプーンが進まない。
市販のカレールーに入っているラードやチキンエキスや保存料は重たい。
胃が沈みこむ。
四日目くらいには口内炎ができ、吹き出物ができた。
毒素出してきた人間の顔ではない。
一人前を無理して食べていたけど、よろしくなかったらしい。
量を半分にして、野菜スープをつけ、液体を半分、固形を半分のバランスにした。
そうして口内炎が直り、吹き出物が治るのに二週間かかった。

○寒さ

滞在したのが一二月で、インドでも冬ではあるのだけど、日本の気候でいえば秋
それも初秋。昼間なんかは灼熱。
そんなぬくぬくした気候から日本の冬は厳しい。
今年の冬は極寒だったからなおさら厳しい。
フリースまみれになって暮らしたけれど、寒さ対策は結構大事かもしれない。
ヴァータがあがると体が固く、もろくなるというけれど、それがよくわかる。
予想外にしんどかった。

○体力の回復

「パンチャカルマあとは体力が落ちる。だからそのあとはゆっくりしなさい。」
無理。だって一ヶ月休んでインドいったのだし。
なるべくゆっくりするように努力した。
早寝や食事や予定を空けること。
でも、想定する体力と行動量がつりあわない。
気絶するように寝てしまったり、疲れすぎで目の血管切れたり、口内炎ができたり、外出している途中で帰りたくなったり。
一ヶ月は、気を使わないとやっぱりしんどいし、ふつうにはできない。
通常量がこなせない。
強制終了するように寝てしまう。
無理をすると症状がでるので分かりやすいと言えば分かりやすい。
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# by sonoheso | 2011-12-01 17:03 | へっぽこインド滞在記
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