ソノヘソ 


へっぽこな日々のこととその場の思いつき
by ソノヘソ
プロフィールを見る
画像一覧

<   2011年 12月 ( 33 )   > この月の画像一覧

無理やり入り込もうとする

a0133442_17394013.jpg

無理やりネジこむ
勇気と熱情
苦しくないのか?

寒くて散歩をサボり
人力タクシーでお気に入りの空き地へ移動
人力タクシーでお気に入りの公園へ移動

怠惰だ
by sonoheso | 2011-12-09 17:39

本物を手に入れるために一歩前へ出る勇気

小説・詩・読み物


そこまで親しくないメンバー内で
新しいイベントを提案するとき
気が重い
重いけど、思いついたのだからと
目立たないようにそーーっと提案してみる

別に攻撃する人なんかはいなくて
好意的な反応だったり
さらなる提案が返ってくる
興味のない人は無視するだけ

私はなにに対して気が重かったのだろうか?

拒絶が怖い
そんなイベントがしたいの?とバカにされるのが嫌だ
一人だけ張り切ってて気持ち悪いと敬遠されたくない

自分を守っているのだ
自分を守って相手を妄想の中で悪者にしている
いや、悪者というと言葉がきつすぎるかな
相手を通じあえない異物と思いこむ

イベントについてさらなる話をして詰めていくとき
「わたしもこういうテーマでやってみたいと考えていた」
「こういう発想は自分もあったけど行動に移さなかったよ」
と言われる。
それも、何人もの人に

じゃあ、やれよ。
と行動に移した私は思う。
やればいいじゃないか、簡単だよ
と、提案するときあれだけびびっておきながら思ってしまう。
行動しなかった人たちはなにが障害になったのだろう。
能力もあるし、努力家だし、人の話をよく聞く。
こんなイベント簡単に思いつくだろう。
でも、実際に行動したのは私だけ。
なにが違う?

否定されるかもしれないというリスクをとらなかった。
思いついて、それを心の内で弄んでいるうちは
誰も傷つけない、何の評価もされない安全な世界
でも、それをいったん外に出すとなれば
批判や無理解にさらされることも覚悟しないといけない
その厳しい世界に飛び込むのをためらう
能力ある人なのに勇気がなかった
それだけの違いだ

思うこと、考えつくことはいっぱいあるのに
それを外に出すことを恐れる
私もそうだけれども、でも深呼吸して「えいや!」と出す
出さないと後悔するとわかっているから

思いついているのに
「まだ資料が集まってない」
「構想が甘い気がする」
とか言い訳して形にしないでいたら
よく似たアイディアのよりすばらしいものが世に出る

心臓が締めつけられるくらいの後悔だ
わかっていたのに、なぜやらなかった
これでもう、このイベントは私はできない
やるとしたら抜本的に変えないとだめだ
さようなら、私のアイディア

だから、出す。
固め整えていくのは後からでもできる。
まずは思いを表に出さないとはじまらない。

ズーニーさんコラムの「今、リスクがあっても手にしなければならない本物はなんだろうか?」
を読んで思った。
私の場合はリスクがあっても手にしなければならないのは
思いつきを外にさらす覚悟だ。
そうしなければ二番煎じを苦々しい思いで受け入れるか
他人のアイディアにのっかるだけの虚しさを味わうことにある。

もちろん先達の意見を学ぶことや
他人立案のもので、どう関わっていくか考えることも大事だ。
けど、自分がわかっていた、思いついていたのに
勇気がなかったからやらなかった
その状況が嫌なのだ。
偽物の自分で世界へ関わっているようにさえ思え
力が抜ける。

本物は、本物の感情を素にしないと手に入らない。
何度も失敗して、これだけは確かかな、と思っている。
by sonoheso | 2011-12-08 14:53 | 考える筋トレ部

静かな青い炎と荒れ狂う赤い炎

小説・詩・読み物


呼びかけても反応が返ってこない
無視
なかったことにされる
冷たい冷たい感情
でもこれは私自身に向けられているものと
ちょっと違う
第一、彼女と私の間にそれほどの積み重ねがない
ここまでの温度を生む理由がない

なんで?

同じような呼びかけを男性がする
甘い、とろけるような応対
本当に可愛らしく相手に寄り添う
同じ人なのにこの違い

なんで?

しばらく見ていたら、
彼女の反応はおもしろいくらい二つに分かれている
ひややかな拒絶はおせっかいな女性へむけて
とろけるような甘えは頼りがいのある男性へむけて
でもおせっかいも、頼りがいも同じもの
同じ呼びかけ、発している人の性別が違うだけ

個人がどうのと言う前に
性別でくっきり分けている
彼女にとって女性は憎むべき存在なのだ
静かな炎がゆらゆら燃えている
姉、母、身近な女への憎しみが根底にある
「あなたは私を裏切り、コントロールしようとした」
決して許さない
もちろん表面上はにこやかに女性に接する
でも彼女の世界には本当の意味で女性は存在しない

ふとしたときに女性に対して厳しく、辛辣になる
それは自分を守るためなんだろう

男性は自分を守ってくれる
だから基本的に心の扉をオープンしている
甘えることに躊躇がない

それはとても愛らしい
赤ちゃんの無条件の信頼と同じ
もちろん男性はそれに逆らえない
頼られる行為はプライドをくすぐる

か弱い彼女の観念は強化されていく
男性は味方。女性は敵

か弱い彼女と正反対の女性がいる

手強い彼女は張り合うことがやめられない
社会に、敵に、実績に、
なにより男性に
自分の優秀さを証明しようとする
痛々しいくらいがんばる
誰も手強い彼女を責めはしないのに
彼女はどんな場面でも最高であろうとする

そんな手強い彼女は女性に対して
やさしい
助言や楽しみを共有する。
気づくまで待ってあげる

一方、男性に対しては厳しい
常に自分の能力との優劣をつけようとする
男性が間違いに気づくのを待てない、幻滅する
容赦ない言葉でやりこめてしまう

手強い彼女は傷だらけで社会と立ち向かう
本当は誰かに守ってもらいたいのに
自分を預けられるだけの相手がいない

女性に対しては自分が庇護者となり
男性はいつも点が足りないから任せられない

手強い彼女は闘技場の獅子のように
男性をかみ殺してしまう

根底には男性への絶望があるのだろう
燃え盛るような地獄の炎
兄、父や身近な男は彼女を守らなかった
理想像を期待し続けたり、
借金や約束を破る行為で
彼女を裏切り続けた
だから彼女には強くなる選択肢しか残されていない

手強い彼女は心に高い城壁を気づき
トゥーランドットのように無理難題を突きつけ
救い出してくれる男性を待っている
でも、自分をかみ殺す女を誰が救うというのだろう
男性は恐れ、近寄らない
その激しさに共感する女性だけが彼女に
近づき、慰められる

二人とも動けない
二人とも人と関わってるけど苦しそう
でも表面は一見穏やか
だからこそ内面で燃え盛る炎は激しい

か弱い彼女のあり方も痛々しい
女性に敵を作り続け
きっと男性を喰い散らかす
「愛情」という餌で男性を釣り、
足りない足りないとハードルをあげ
何人もの男性を振り回す
きっと男性の愛で彼女の飢えは満たされない
女性との対決、コントロールからの離脱
本音の表明がいる

手強い彼女のあり方も痛々しい
男性をぶち殺し続け
おそらくは他の女性に引け目を感じ続ける
女性としての責務、結婚、出産、子育てという共同作業
それをこなせない自分に腹を立て
責務をこなす女性の背中を見て打ちのめされる
男性との和解、あきらめるという譲歩
正当な怒りの表現がきっと必要

正反対だけど
根底は同じ
私も同じ
個人でなく、
もっと奥にある男性性、女性性
それらはちゃんと取り扱われているだろうか
by sonoheso | 2011-12-07 16:45 | 考える筋トレ部

伝える言葉の強度

小説・詩・読み物


本当のことならば
いくらでも伝えればいい
そう思うんだけど
大事な芯に近すぎると
相手はびっくりする
静電気にふれたみたいに
驚かせ、拒否されてしまう

大事な芯が語る私自身のことならば
相手にはそこまで差し迫った痛みではない
むしろ芯をむき出しにした勇気に感動する

大事な芯が第三者のことならば
ほほう、そんなこともあるのかい
とばかりに感心する
ちょっぴり批評家気分で
なにか意見を述べるかも

でも大事な芯が相手自身のことならば
話は別

痛い、おびえる、遠ざかる

勇気がある人ならば
自分がどうしてそんなビビットな反応をしたのか
一人になったとき点検する
そうして腑に落ちたとき
「ありがとう」って感想を伝えてくる

臆病者ならば
逃走して、言い訳して
近づいてこなくなる
そして、こちらを人生から閉め出す

鈍感な人ならば
こちらを攻めてくる
「そんな、あなただってこんなところがあるじゃない!」
「これくらいでそんな言われ方するんなら、私はなにもできないわ」
「厳しい人で、きついね」

そうですね、そうですね。
思いもかけず、刃になってごめんなさい。
準備もできていないのに
柔らかいところへ言葉を投げてしまった。
目もまだあいていないような赤子なあなたに
世界はまだ濃すぎましたね
目を瞑っていてください。
そして、いつか時がきたら思い出してください。

まあー、思い出さないだろうけどね。

言葉の強度を考える

この人はどれくらいの強さに
堅さに耐えられる?
この話題には
どれくらいの強さで出せば
きちんととどくだろうか?

バランスだ。
相手を見極めてバランスをとって
渡していくしかない。

そのバランスをとるのは難しいけれど
これを怠ったらば
孤島に追い込まれるだけ

強く堅い言葉を受け止められる人もいる
そういう人とのつながりは
それだけで幸せだし
ともに過ごすだけで成長させられる
いいもんだ

そのいいもんを胸に抱いて
優しく柔らかい言葉もうまく使いこなしていけばいいね
by sonoheso | 2011-12-06 14:49 | 考える筋トレ部

クリスマス捕獲

a0133442_21132831.jpg

街も飾り付けが
そろそろ本気モード
ちょっと前は
青い飾り付けが流行ってたけど
今年はオーソドックスな色が多いかんじ

リボンとツリーが
プレゼントぽいので
一枚パチリと
by sonoheso | 2011-12-05 21:13 | へっぽこな日々

そこはどんな言葉のサイズの場所だろう


広場がある。
デジタル的広場だけど人が集う場所だ
「自由に集って交流してくださいね」
そう、言われている。

おお、交流しよう、そうしよう
でも、投げられる言葉のボールは少ない

これってどういうこと?
広場の眺めている人たちも
ここが言葉のボールを投げる場所だってことを知っている
ボールを投げるのが上手になりたいと思っている
興味関心があってそこにいるのだ

でも投げない

一つ目は恥ずかしがり
「自分なんかのボールなんて」
と自分の編み出すものの価値を認めていない
わざわざ人に知らせるようなものだと思っていない
とんでもない、パブリックじゃないですよ

二つ目は使い方がわからない
「ここはどんな言葉のボールをなげる場所?」
楽しい会話をとおして互いに知り合う場所なのか
考えを練って言葉の技術をあげる試練場なのか
自分の体験や思いつきをシェアする場所なのか
わからない
ただ、「ここは交流する場所ですよ」
そんな看板が立っているだけ
フォームがなさすぎて困っている

三つ目はめんどうくさい
言葉を投げる?
相手の反応を想像したら疲れてしまったよ
いいよいいよ
端から眺めているから自由に遊んで
わざわざ行動を起こしたくない
だって日常でいっぱいなんだ
これ以上はできないよ、ごめん

限られた人しか使わない
思い切ったり、ずうずしかったり、スパイのように様子見したり
ボールを投げたい気持ちはあるけど動かない
遠慮という綱が張り巡らせられている

それはどうすれば解けるんだろう

ハードルを下げて軽い言葉のボールを投げる?
質のいいボールを投げて、思わずキャッチしたくなるのを待つ?
バカみたいでも数をこなす、くれぐれもジャイアンリサイタルにならなように

遠慮の綱は日本人で和を重んじるからなのか
言葉に興味があるからこそ真剣に取りすぎているのか
たまたまそういう性格の人が集っているのか

それを考えているけれど
答えがまだわからない
投げればいいのにどうせなら
誰も下手だなんて笑う人はいない
キャッチしてもらえたら素敵だけど
明後日に飛んでいったっていい
言葉を投げるのだって回数をこなさいとうまくならない
by sonoheso | 2011-12-04 20:10 | 考える筋トレ部

一年たって思うことは案外変わらない

旅行・地域

パンチャカルマに行って、
帰ってきて、
なんだかあれは夢だったんじゃないかと、思う。

牛がのんびり歩いて、
地平線まで荒野で、
うんちが落ちていて、
チョコレート色肌の人たちがバイクで飛ばしている。

賢さや卑しさ、
豊かさと貧しさ、
美しさと醜さとの差。
朝の柔らかい日差しと、昼の暴力的な太陽の差の激しさ。
いちいち強烈だった。

1年たって、震災もあって、体調は乱降下したりもした。
でも、最良の状態を知っているから、大丈夫。
今はちょっとへたれているけど、戻せる。
そんな自信が生まれた。自分の基本ラインを知るってことは大事だ。

英語もろくにできないくせに、インドへ行って、吐いて騒いでいろいろ出して、どきどきだったけど、もう一度行ってみたい。
a0133442_20213072.jpg

by sonoheso | 2011-12-04 17:09 | へっぽこインド滞在記

インドウルルン滞在記

旅行・地域

インド人リアルライフに
あわあわしながらも帰りの時間があるので、さくさく着物に着替えて玉簾をする。

スミタの弟は大学の友達を4人つれてきていた。
ちなみにスミタは私のたますだれを6回くらいはみているのだけど、
3回目あたりからたますだれの口上を覚えてしまい一緒に歌っていた。
2回聞いただけで覚える。
記憶力がハンパない。
日本語パートもあるのに耳コピーだ。

たますだれはスミタファミリーに受けた。
お母さんもお父さんも大喜びで、スミタ弟は携帯で動画を撮っていた。
ちなみに、弟とその友達はすぐに携帯をテレビにつないで動画を見ていた。
こういうところがすごく不思議だった。

このすばらしく清貧な家で、携帯は最新式。
スミタたちの学生寮ものぞかせて貰ったけど、そこも清貧ってか刑務所みたいで、そんなところに住んでいるのに自分用のラップトップパソコンとかを持っている。
そして携帯は当然、動画も音楽もいける最新式。

ただ、家がこういう方が涼しいし、不便がないからこうなだけなんだろうか。
異文化だなあ。

そしてスミタのママ手作りのランチをごちそうになる。
すごくおいしい。
野菜の味がしっかりしていて、よけいなものが入っていない。
病院の食事はマイルドなので、ノーマルインド飯はスパイシー。でもおいしい。
スミタの手で食べる所作の美しさを盗み見しながら、真似してみる。
触感ってのも大事だ。

ご飯のあとは近所のシヴァ寺院に参拝する。
ピンク色のカラフルなシヴァ寺院もいいけど、その前にあった施し小屋に描いてあった絵。
筋肉もりもりのパンツ一丁の親父。落書きではない。
アーユルヴェーダではいい筋肉はいい消化力をもたらす、と考える。
私なんかは消化が弱いから、肉や魚を食べるなら、筋肉つけろ、マラソンしろ、ジムへ行けといわれた。
「これってグッドマッスル、グッドアグニ(消化力)ってこと?」
「うん、そう」スミタは答えた。
なんか、寺院の付属物に裸のマッチョを描くセンスってのがすごすぎて、よくわからない。

サンダルを脱いで参拝をする。
シヴァ信仰の場合ご本尊はシヴァリンガム。
男性器と女性器がどーんと置いてある。

そこは鍵がかけられていて、鉄格子から覗くのみ。
なぜだかついてきた近所の子供らと、シヴァ寺院のなかで記念撮影をする。
寺院をでようとしたら、スミタのママが息を切らしながら走ってきた。
「鍵借りてきたから、中まで入れるわよ~~~」
と、言うわけで中に入った。
中は暗くてお香の匂いがして、草や花が捧げられている。
シヴァリンガムの上には銅製のポットがつるされていた。
これはお祭りや儀式の時、牛乳を垂らしたりするためのものだそうだ。

スミタのペットの犬と戯れ、村の雑貨屋さんで買い物をした。
時刻は5時近く、帰り道は三時間かかるからもう帰らなくてはならない。
スミタの両親にお礼を述べ、お別れの挨拶をする。スミタはお父さんの足におでこをつけて挨拶をする。
驚愕する私たち。
え? 私たちもやるんですか? 
と聞くとしなくていいよ、と手を振るスミタとスミタパパ。

父親が絶対というのは、今もそうなんだな。
スミタは高等な教育を受けているけれど、
娘の時は父に従い、結婚しては夫に従い、夫が亡くなれば息子に従う。
それはいまでもそうみたいだ。
スミタにいつ結婚するの? と聞いたらば、はにかみながら
「それはこの人たちが決めることだから」
と両親を示した。
インドの結婚は今でもお見合いが圧倒的多数で、同じカーストの人と、占星術をみて相性を確かめ、価値観を話し合って結婚するそうだ。
気が遠くなった。

タクシーに乗って帰りながら、インドの生活の昔と今の混じり具合をうまく飲み下せない。
伝統的な家屋とハイテク機器。
家族関係と女性の社会進出。
カーストと人付き合い。
スラムと現代的な建築。
ぼろぼろの物乞いと賢く純粋なドクター。
そして貧富の差。

よくわからない。よくわからないけど、何かが引っかかる。
日本と同じ問題もかかえているし、日本がとうに通り過ぎた問題もあるし、日本が失ってしまった知恵や、保存されている英知もある。
光と影と言えば簡単だけど、時間をかけてじわじわこの違和感の正体がみえてくるのかも。

a0133442_20203370.jpg
a0133442_20204891.jpg
a0133442_20205640.jpg

by sonoheso | 2011-12-03 16:59 | へっぽこインド滞在記

警戒区域に入ります


なにかを書くというとき
当たり障りのないものでは
心を打たない

どうでもいい、は
どうでもいいを連れてくる

さわりたくない場所
弱点、醜さ、面倒で消してしまいたいアレ
そこに伝えるだけのものが眠っている
誰に?
まずは自分に。自分が宝を得る。
自分が弱くてくだらんと思っている箇所が
実は人にはない視点の素だったりする
気づかなければしまったままでおしまい
でも取り出したらその価値に
こっそり笑みが漏れる
くだらない自分ではなくなかなかやるじゃないか自分
になっている。
それが書くことの効用。

「病気」とか「大切な人が死んだ」とか「災難にまきこまれた」っいう
大きなマイナスは確かに表現するうえでビビットで
「これ持ってこられたら勝ち目ないよ~」ってな感じになru

でもなんで、勝ち目ないよ、とか、マイナスを表現する側も「これはずるいかも」って思うんだろう?

書く本人は
これを書いたら自分の底をさらけ出し、
自分に、そして人に影響を与えずにはいられない
あとには引けない覚悟を決めるし、

受けて側は
そんなしんどい、暗い、深いところを披露されたら
自分のしんどい、暗い、深いところが開かずにはいられない
書き手に胸倉をつかまれ魂が引きずり出される痛みを感じる


飛び道具みたいなお題は強い
人は、はっ!!!と引きつけられる
ニュース性が高いから、それだけで価値がある
でもニュースは掘り進んで普遍的ななにかを獲得しない限り
新聞紙のように翌日には捨てられる

そのままで必殺技みたいな強いお題がなくとも
人をぶるぶる揺さぶるものは出力できる
個人の課題は突き詰めれば普遍性を帯びる


一歩進むのだ
何か踏み込んだときでてくる感情は
あなたと私とどっかの誰かの奥底に流れているもの
共有できる宝
だから人は伝える
人は書く

だれでもトレジャーハンターになれるのだ
by sonoheso | 2011-12-03 10:31 | 考える筋トレ部

これは、誰かへの手紙です。

アートな秋&自分磨きの秋を楽しむなら?

文章が違う、といわれた。
ズーニーさんの表現力ワークショップでご一緒している高橋さんにワークショップで書いている文章と、ブログの文体が違うと
はて? なんでだろう。

ワークショップではお題が出される。
「自己紹介」「相手に伝える」「自分を社会にデビューさせる」
明確な他者がいる。説得しなければならないことがある。
戦略が必要だ。
キャッチーなつかみ、すかさず主張、でも押しつけがましくない調子も必要
そんな感じでソフトにクリアに言葉を差し出す
いうなればワークショップでの文章は
演台でのスピーチだ
とてもパブリックで、人の気を逸らさないように心がけている

対してブログ、
まずはインド日誌
これは異文化を客観的に分かりやすく伝えよう
という試み
アーユルヴェーダって何ぞ?
と興味をもっていただけたら至福
だからなるべくセンテンスを短く、明確に書く
だからインド日誌は
カメラを通して風景をみるみたいなレポートだ
周りにはなにがあり、どんなことが起こるか中継しましょう、という意識

そして日々のこと
これは思考の過程のアーカイブ
というつもりで書いている。
疑問がはじめにあって
それを書くことで追いかけていく
だからどこか素っ気なくて慌ただしいかもしれない
でもこれはアーカイブ
いつか読み返すことを意図している
読み返すのは未来の私であり、共通話題をもっている誰か
手紙だ。
伝えたいことを孤独に必死に、でも届くことを疑わないで書く手紙。
なので破綻があってもご愛敬。
それも含めての課程が大事だ。

と、いうような違いがあるなと気づいた。
積極的に意識はしていなかったけど
書く前の姿勢が違った
なるほどな
by sonoheso | 2011-12-02 19:55 | 考える筋トレ部
カテゴリ
以前の記事
ライフログ
検索
フォロー中のブログ
外部リンク
最新のトラックバック
タグ
その他のジャンル
最新の記事
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧