ソノヘソ 


へっぽこな日々のこととその場の思いつき
by ソノヘソ
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解放の手立てと出す手続きは偉大だ

ニュース・評論


今週の大人の小論文教室で一番残ったのが

よいマニュアルは解放の手だてを用意してくれる。

そのフレーズで思い出すのは
高校時代演劇部で練習としてやっていたエチュード
お題が与えられ二人で即興演技をしあう。
例えば、駅で人を待つ、夏休み、昼寝をしている猫、お祭りでの恋人
守らなくちゃいけないルールは相手のリアクションを否定しないこと
それだけ。
たったこの二つの制約が
想像力の懸け橋になる。

なんのお題もルールもないとき
高校生の私たちはうろうろざわざわ
にやにや笑って周囲をうかがったり
手元にある台本を読んでみたりするだけだった。
でも、講師がエチュードとして
お題とたった一つのルールを設定するだけで
私たちは動き出す。
子供の遊びみたいに際限なくセリフは溢れ出し
観客役の仲間も夢中になる。

アウトプットのきっかけがあると
驚くくらいやりたいこと、伝えたいことが噴出してくる。
ないとふん詰まりで高校生の私はどうしていいかわからなかった。
うずうずしてるけど糸口がわからない。
できない、とは思ってない。
想いが大きすぎてどこから手を着ければいいかわからなかっただけ。
その大きすぎる想いに印をつけるメジャーがお題とルールだった。
印があれば、取り出し方がわかる
ああも、できる! こうもできる!
まったくの無からなにかを取り出すのは
よほどの才能があるか、訓練された技術者でないと無理だと思う。

マニュアル本にも上出来なものはあって(失礼な言い方ですが)
それは枠を示して、読者を遊ばす余裕をもたせてくれるもの
よい問い、を含んでいるもの
スーニーさんの言う
良いマニュアルは解放の手立てを用意してくれる。
ああ、たぶん良いマニュアルは加工品でなく生ものなのだ
だから高校生の私たちは生き生き摂取して栄養にできたのだ
金時豆子さんの言う、「出す手続き」はすごく有効
大人の補助があって
はじめて私たちは駆け出せたのだと思う。

ズーニーさんの講座でのインタビューワークでも
この「出す手続き」「解放の手立て」
を強く感じる。
決められた質問に答えていくことで
私の中にルーラーや座標軸が作られていく。
それがあれば人前での発表もできるし、800字に文章にもまとめられる。
きっかけがあれば表現ができるというのは
子供でも大人でもだれでも同じだ。
by sonoheso | 2011-11-30 19:16 | 考える筋トレ部

脈をみて、体をみて、全部をみて。

旅行・地域

アーユルヴェーダの最初の診断は脈診だ。
そして毎朝毎晩の回診でも脈をとる。
どうやってやるんだろうな、と思いながら脈を取られていたら。
ドクターが「自分で脈を取ってみて」と言った。

ドクターたちは勘が鋭い。
秘密のイベントを企画して、秘密で進めていると、その現場に入ってくる。
特定の誰かにサプライズプレゼントを制作していると、その本人が入ってくる。
こっそり泣いていると気づかれる。

なにかそういう訓練でもしているんじゃないかというくらい勘が鋭い。
それもなんか医者の特質なのかもしれない。
そんな感じで脈の取り方を教えてもらった。
手首のとう骨の指二本下に人差し指、中指、薬指を置く。そして全体の印象を感じる。
体全体を巡ってきている脈をつかむ。

もちろん専門的にはいろいろあるみたいだけど、初心者なので、脈を感じ取るところから始める。
自分の脈を毎日とっていると、変化がよくわかる。
食べ過ぎた、動きすぎた、よく寝た、寝ない。
それらがはっきりと現れる。

同時期に入院していたほかのメンバーの脈も取らせてもらう。
夜の雨音みたいに静かな脈。暴れ太鼓みたいな脈。そわそわした猫みたいな脈。
全員違う。

お互いに計りあって、受けた印象をいうのもおもしろい。
言われたことは頷きあうところがある。
それを三日後一週間後にまたやる。
パンチャカルマが進むごとに脈がよくなる。
リズムが整い、力強くなり、三本の指に触れる脈が同じ強さになる。
脈は体の一部だけど、一部からでも体の全部がみえてくる。

そんな感じでお互いに脈を取り合って遊んでいた。
クリスマスも過ぎ、年末も近い頃。
日本では師走気分絶好調だろうけれどインドでは相変わらず、温く、牛がうろうろしているだけ。
「わー変わった」「元気だー」「なんかふらふらしてる」
と騒いでいたらば、24時間勤務のドクターが二人入ってきた。
一人は女のドクターは入院当初からいた。
もう一人の男のドクターは4日前くらいから登場したドクターで、背が高くハンサムで高そうな派手な服を着ている。
触診が強すぎて、質問が意味不明なので私は勝手に「ばか坊ちゃん」と呼んでいた。

女のドクターは私たちが触診しあっているのに目を留めた。
ちょっとこの女ドクターは調子良すぎるというか、裏表あるなというか、馴れ馴れしすぎるというかそんなところがある。
一同、目をあわせないようにする。
「あら、何をしているの? 脈診?」と女のドクター。
「ああ、うん」
「練習でもしていたの?」
「まあ。そんな感じ」
女のドクターは腕を差し出した。「あら、じゃあ私の脈をとってみて」
脈を取ってみて?
ドクターの腕は私の目の前にある。
ふふん、どんなもんかみてやろうじゃないって顔をしている。
これは挑戦か、挑戦だ。

私はカウンセラーだ。
脈だろうがなんだろうが情報を読み説いて、それを伝えるってんなら、得意分野である。
日本人ごときと舐められては沽券に関わる。受けてたってやろう。

と言うわけで、脈を取った。
感じるがままを言った。
私は英語が堪能ではない。
しかしそのときの入院メンバーにはプロの通訳さんがいた。
彼女の助けを借りて、彼女の精神状態や気にしているだろうこと、体のおかしそうな箇所を伝える。
「全部当たってる。何でわかったのよ!」女のドクターは目を丸くしていた。
「いや、脈でわかった」
「そうだ! 私の行動を観察していたからわかったんでしょう?」
彼女のことなんか興味ないから、観察しない。
そう説明しても、彼女は納得しない。
埒があかないのでこう提案した。
「じゃあ、後ろのドクターの脈診するわ。彼とは2回くらいしか会ったことないからね」

ばか坊ちゃんはにやにや笑いながら腕を差し出した。
いい骨、いい筋肉、いい時計だ。
小さい頃の栄養環境のせいなんだろうけど、マウシーさん(下働きのお手伝いさん)は細くて小さい人が多い。
140センチ台前半が平均だと思う。
ドクターたちは比較的体格が良い(そして賢そうな顔つきをしている)
けれど、160センチあるかな? という背の高さだ。

ばか坊ちゃんは日本人と遜色無い体格だ。
背は180センチ越えているし、ジムで鍛えているような筋肉の付き方をしている。
アメリカだったらアメフト部でチアガールのブロンド彼女がいるんだろう。
そういう種類の人間だ。
で、ばか坊ちゃんの脈を診ながら、感じたことを言った。
これは同僚のドクターがいる前で言うのはまずいかな? と思うこと
(たとえば勉強不足で焦っていて、身の置きどころが本当にない、とか、プライドみたいなのが邪魔してコミュニケーションに問題が、とか)
も伝えた。
それだけじゃ悪いので、素直さと体の丈夫さと頭はいいこと、も伝えておいた。

端から見ていた子の証言では、はじめはにやにやしていたばか坊ちゃんだけど
最後は目が潤んでいたそうだ。
「で、どうだったの? 当たってた?」と女のドクターが聞く。
「4割くらい?」とばか坊ちゃんは言う。

嘘だ。全部当たってるだろうと思った。
二人のドクターがでていった後、他の入院メンバーも
「あれは10割だったね」「ここで10割と言えないところがね」「ねえ」
と言っていた。私の思い上がりではないと思う。

脈診はそのあと回診によく来ていたドクターにもした。
脈診を教えていてくれてたし、
ちょっとしたお礼も込めて本気の脈診というかカウンセリングをした。
終わった後ドクターは「100%その通りだ。やり方教えて」と言った。
素直な奴だ。

あとびっくりすると脈は跳ね上がる。
嘘発見器もこの原理だな。感じたことを伝えていくと、本人の心当たりがあるところで脈が蛙みたいに跳ねる。おもしろい。
 
プロとして脈という情報の読みとりと解読を行えた。
インド人もびっくり。日本人の面目躍如である。
基本と原理の応用は大事だね。
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by sonoheso | 2011-11-30 17:44 | へっぽこインド滞在記

批判は私を育てなかった

アートな秋&自分磨きの秋を楽しむなら?


「批判は私を育てなかった」

このところ通っているスーニーさんの講座での言葉
なにかを作りだそうというとき
批判はくじく
その勢いを、やる気を、生み出すためのエネルギーを

すべては踏みつぶされ
傷を修復するのに一生懸命になる
それはかわいそうくらいに必死な生命反応

世間の流れ的に
「きつい批判もしてあげるのが誠意であり愛情」
というものがある

「これ、きついけれど、あなたのためを思って言うのよ」
ずばずばずばずば言いまくる。

相手に沿ってないよ。
自分の理屈を押し通して他人の気分を害したね。
ここも、そこも足りないんじゃない?

そうですか、そうですね。きっと私が悪いんです。
殻に閉じこもり自問自答。
本当に? 私そんなに未熟?
批判をされたら受け止められるくらいの器量を見せないと
ちっさい人間と思われる
これ以上評価を落としたくない

でもそれ以上に傷つきたくない
だって心の傷口から血がぴゅーぴゅーでているよ

そうしてその相手に近寄らなくなる。
あの人は私を傷つける
あの人は私を評価するとき、私以外の人の発言を重視する
あの人は私のアイディアを誤解する
だから心の門を閉ざしてしまおう
これ以上生命力を失いたくない。

力を合わせてひとつのものを作り上げようとしていたのに
もう無理。
そんなにあなたが詳しいのならあなたに任せよう。
わたしは未熟で、大したこと出来ません。
もういいでしょ? 家に帰りたい。

相手の力を引き出すのは批判ではない
共感だ
あなたはなにをいいたいの?
ここで何を成そうとしていたの?
根っこにあるものはなに?
それを探ろうとすれば
自然と二人の間に橋が架かる

あなたは、こう考えていたの?
ええ、そう。こうも出来ると思うの。
自分のいうことが理解されたとき
人は理解という喜びに満ちる
心の扉は開き
アイディアはあふれ出す
ここは安全
私はあなたの役に立ちたい
だから、私の持ち物をすべて活用しよう
自分のさらなる力を振り絞る
限界を超えようとする

なにかを産みだそうというなら
批判はいらないのかもしれない
自分自身にも批判は不要

批判をするのは怠け心があるからだ
「もう出来ないよ。どうせこの程度」
自虐的に申し開きしておけば
だれも自分を傷つけない
自分も変わらなくていい
それは楽、すごく楽

自分自身にも共感と理解をしてあげないと
自分が干上がってなにもしたくなくなる

他人にも、自分にも
批判を封じてみよう
by sonoheso | 2011-11-29 21:29

ほくろがとれる。いや、とりかけたけど……斜め上だよインド人。

旅行・地域

三週間に及んだトリートメント終了まで後三日。
年末。
でもインドは暖かいから日本人としては年末気分が盛り上がらない。
勝手にイベントを企画して(お年玉おみくじと日本語指さし帳制作)忙しいのだけど、
いかんせん曜日感覚もないし、頭はぼーっとしてる。
そんな中サダナンダ先生の回診時に、あごの下の大きなほくろをつままれた。
「このほくろをとることに、問題あるか?」
「ないです」
ということで、ほくろをとることになった。
クシャーラという治療で外科の範疇にはいるそうだ。
担当医するのも外科が得意なドクターだ。

ほくろをとるというのでてっきり治療室的なところでやるんだろうと思っていた。
私の病室のベッドで外科のドクターが真剣な顔で人のほくろを眺め、
私のベッドの上に注射器やアルコール脱脂綿やゴム手袋を並べだしたときにはびっくりした。
ドクターの後ろにはひよっこドクターが4人、これまた真剣に見学をしている。
 
ドクターがほくろをアルコールで消毒する。日本のアルコールより度数が高いのか匂いがきつい。
そのままためらいなく注射針でほくろを刺す。
「痛いわよ。でもちょっとだけ」
と刺した後に言われた。
確かにちょっと痛い。
釣り針にかかった魚の気分だ。
傷口が見えないので想像だけど、感触としては針を刺さしたまま傷口から薬草の粉が入れられた。
ぐりぐりと。

傷口に白い絆創膏を貼られ「二時間後にはがすように」とのお達しを受けた。
 若いドクターのギタンジェリが「私が絆創膏をはがします!!」と立候補する。
勉強熱心な若いドクターはこうしたちょっとしたことも観察と実践の場として活用している。
ドクターギタンジェリも真剣にはがし、真剣に傷跡を観察していた。
ドクターギタンジェリは仕事が丁寧。
はがすのも、傷跡を拭うのもやさしい。

そしてクシャーナ後のベッドにはなんかの薬草の粉やアルコール綿や血の付いたガーゼが落ちたままなのがインドらしい。
「マウシーに掃除させるから」
と、ほったらかしでドクターたちは帰っていった。
ちょっとは自分で片づけろよ、と日本人は思う。

これが三日続いた。
そして今日がパンチャカルマ最終日だ。
鏡で見ると確かにほくろは乾燥して縮んできた。
でもとれそうではない。
回診の時に部長のマダムガヤルに聞いてみる。
「あの、ほくろは本当に今日まででとれるんですか?」
「とれないわよ。小さくなるだけ。ちゃんととるにはトリートメントのはじめからやらないとね」
 と、院長のマダムガヤル。
 びっくりした。
 本当にびっくりして、
「そうですかありがとうございます」
と日本語で礼を言っていた。
三日でとれるのかと疑問だったけれど、ヴァマナだって一日で終わったし、アーユルヴェーダはそんなもんだろうと思っていた。
甘かった。インド人は斜め上だ。
ほくろとれないってさ!
「今度きたときとりましょうね」マダムガヤルが微笑んだ。
 
パンチャカルマの治療は大晦日で終わったけれど、
私は帰国が一月四日だったので、その日まで病院に滞在した。
元患者という立ち位置だ。

ドクターギタンジェリの勉強のためか、クシャーナは追加で二日やってくれた。
アシスタントとしてドクタースミタがついた。
ドクタースミタは小柄で笑顔がかわいくて日本人に興味津々。
気遣いが細かい二人組だ。

ドクターギタンジェリは施術が丁寧だった。
シーツが汚れないように顔の下に布をしこうと思いついたらしい。
それは画期的な思いつきだ。
今まではこぼれっぱなしの散らかりっぱなしだった。
ドクターギタンジェリは適当な布がないと眉をしかめ、
ドクタースミタが干してあった私のハンカチをいい笑顔でもってきた。
ドクターがしわを伸ばしながら顔の下にハンカチを敷く。
「私の使うんだ・・・」と思ったけどつっこめなかった。

ドクターギタンジェリは薬草の粉をぐりぐり入れる。
しっかり中まで詰め込む。
絆創膏貼った後、ちゃんと薬草の粉を掃除していった。
 
帰国後、乾燥していたほくろがとれた。
大きさは三分の二位になった。
たいして痛くもなく、粉詰めただけでとれた。
これは初日からやったら、本当にとれてたと思う。

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by sonoheso | 2011-11-29 18:00 | へっぽこインド滞在記

いいものは眠らない編集する

ブログ

店でも物でも人でもいいんだけれど
知られてないけどすごい!
惜しいところがあるけれど大したもんだ!
って状態
秋に埋められていた球根が
春に芽吹くみたいに
花開き
皆に必要とされるときがくる

足りないものは補われ
未熟だったところは成長する
小細工なんかしなくていい
掘り出したまんまの芋ころみたいに
素材が唯一無二になる

昔から知っている身には
やっとかよ!な誇らしい気待ちと
私だけのものであって…な寂しい気持ち
両方混ざり合う

でも世界のために
よきことは認められて欲しいのでした
by sonoheso | 2011-11-28 21:09 | へっぽこな日々

インドには独自のタイムスケールが存在するのだ。

旅行・地域

今回滞在したのは大部屋。
五つベッドがあり、一つはバスティとかに使用するパンチャカルマルームで、四人患者さんが入れる。

最初の一週間は大部屋という名の個室。
好き放題やっていた。
歌ったり、好きな時間に寝て起きて。トイレも鍵なんかかけない。

二週目からは日本人やドイツ人がはいり、少し自制。
寝る時間は、まあ自由。
大体一〇時前後に眠くなっていたので、勝手に自分のブースの電気を消して休む。
朝は少し面倒だ。
四時とか五時に目が覚めても、しばらくじっとしている、歯を磨き、ヨガをやり、六時過ぎたらば、カーテンを開け、電気をつける。大部屋の扉を開ける。
この扉を開けておかないと、マウシーさん(メイドさん)たちがお湯をわかせないし、朝食も運べない。

七時にハーブティーがくる。
その日の予定に合わせて入れる砂糖の量を加減する。
大バスティ(煎じ液で排出)は朝食をとってはいけないので砂糖多め。
小バスティ(オイルで栄養)は朝食をとっても大丈夫。
なので、ふつうの量。
朝食のくる時間はまちまち。

というかすべてのスケジュールがまちまちだったりする。
施術も回診も全部。
インド人はよく「一分待て」とか「一〇分待て」とかいうけど、絶対にその時間ではこない。
インドタイムはゆっくり流れる。

で、朝食は運が良ければ八時半、悪ければ一〇時近く。
大バスティだと施術後なので一一時近い。
しかも朝食は冷めているので切ない。
朝はお好み焼きみたいなのとかマサラ味のプティングとかココア汁粉みたいなものがでる。
おいしい。スパイス利いていて本当においしい。
あと必ずチャイがつく。
このチャイがまた絶品。
そこらへんをうろうろしている牛からとったオーガニックミルクは味が濃い。
飲んでるとまったりしてきて、一分が二〇分でもしょうがないかと思える。

モーニングティーのあとは朝の散歩。目的地サマーディーまでは歩くと一五分くらいかかる。トリートメントでよほど疲れていない限りは三〇分以上は歩く、歩く。

帰ってきて八時から八時半くらい。
そのあたりに朝の回診がある。
ドクターたちが血圧をはかり、脈診をし、なにか問題ないか聞いてくる。
とくに排泄物は重要で、何時にどんな形状で、どんな色で、どれくらいでたかを告げなければならない。
他には夢やら、かゆいところや、トリートメント後の変化とかを伝える。
ドクターによっては舌診や触診もする。

日によるけれど九時過ぎくらいに院長の総回診がある。
脈診をされ、触診をされ、何か問題ないかを聞かれる。
ここでいろんなことを頼むチャンス
。症状はもちろんだけど、ベッドが固いの、夜の工事がうるさいの、精算はいつにするかだの。
基本的にトップダウンなので院長かサダナンダ先生がOKだせばすぐ変わる。
ださないと永遠に変わらない。
あと、日本のお医者さんと違うのはこちらからいろんな症状やリクエストをしないといけないこと。
価値観や、生活が違うので、あちらの人は気にならないことも日本人は気になる。
言ってみて変わることは変わるし、無理なことは無理。
でも言ってみないとわからない。
総回診はいろんなドクターがくっついてきて一〇人くらいの集団なので、はじめのうちは緊張した。

トリートメント開始時間は内容やその日の患者さんの数によって違う。
ビックバスティのようなご飯を食べないもの、ヴァマナのような大変な治療の時は速い。
九時、下手したら八時にはじまることもある。
逆にスモールバスティの時はあとまわしにされるので一〇時から一一時半くらい。年末で混んでいたときは一二時近くになっても始まらなかったりした。
あんまりにもおなかが空いたときは、ドクターに訴えるとおやつがもらえる。
甘い雷おこしのようなお菓子でランジギみたいな名前のもの。
丸いボール。これを二個。
おなかによけいなものがあるとうまくトリートメントができない。
のでおやつを食べるとまた待たされる。
尾籠な話ですが、朝にうんちがでていないとバスティは注入するのが大変。
邪魔するから、でてないものたちが。
朝にすっきりでているとバスティもスムーズで、あっと言う間に終わる。

トリートメントが終わって一時間ほど休んだあと、シャワーを浴びる。
マウシーさんにお願いして、バケツにお湯をもらい、体を洗う。
大部屋がフルに埋まっていると午前中にシャワーができないこともある。
そのときは昼食後。

昼食は一二時半くらいに調理場から届けられる。
保温ジャーにはいった五段のステンレス製のお弁当だ。
昼が一番消化力があるとアーユルヴェーダでは考えるのでお昼は一番量が多い。

食事は集中して、食べる。
白湯を飲みながら、よく噛んで食べる。
よけいなことをしない。それも治療。
でも大部屋だと、入り口においてあるローテーブルで集まって食べることもあった。
昼はトリートメント終了の時間がまちまちなので各自食べることが多かった。
でも一人で食べる方が食べる限界がきちんとわかって良かった。
日本にいるときは頭で食べていて目の前に並べられたら、とりあえず全部平らげる。
食べ終わってから、「食べ過ぎた~~」と後悔する。

入院してから二日目に、はたと気がついた。
「あれ? 私もうおなかいっぱいだ」
で、残す。ヴァマナ後はもっと顕著。
箸が進まない。ぴたりと止まる。
目はもっと食べたいけど、おなかはアグニはもう無理という。
ちゃんとそれに答えられれば問題ない食後を過ごせる。
欲張って二口三口食べ過ぎると、覿面におなかが痛くなる。
ちゃんとおなかに聞くのは大事だ。

で、昼食終了後、休憩する。
様子を見計らって洗濯する。
午前中はトリートメントがあるから、静かにしなくてはいけないので洗濯禁止だ。
洗い終わったら部屋の外の洗濯物干しにかける。
病室に濡れたものを干していると、ドクターから不衛生だと注意される。
でもパンツとかはハンカチで隠して窓辺に干したり、ロッカー内に干した。男のドクターも回診でくるのであんまりおおっぴらはためらわれる。
人によってはパンツもタオルも関係なく堂々と干していた。それは個人差。

午後にお掃除がくる。掃いて、床拭きして、ゴミを捨て、人によっては棚や桟を拭いてくれる。

週に二回くらいは二時くらいにサダナンダ先生の総回診がある。
脈診と触診をする。
脈診が一瞬すぎて、不安になるけれど、体調に変化があるときはじっくりとってくれる。
なにがあっても「ノープロブレム! グッド!」だけど、新しい薬を処方されることもある。
サダナンダ先生のときも、おそれずにリクエストすれば、聞き届けてもらえることもある。 
脈診名人だから、脈でなんでもわかるし・・・と遠慮してしまったりするけれど、言うことで解決されることもある。
乾燥肌とか、ほくろもう一個とって、とか。
サダナンダ先生の大物オーラに負けてはいけない。

四時過ぎにはおやつが運ばれる。
このころになるとおなかが減ってくる。
お昼におなか一杯食べても、消化に軽いものなのでこの時間になるとぺこぺこ。
チャイと、フルーツもしくは軽いスナックがでる。
例えばマサラ味のポップコーンみたいなもの。見た目が虫に似ているけれどおいしいし、うれしい。

おやつの後には夕方の散歩。
サマーディに行ったりメディテーションルームで瞑想したりする。
夕焼けがきれいで、地面が暖かくて、ついつい長く外にいることになる。
オイルで頭が湿っているときは風が厳禁なので、帽子や頭にかぶるショールは必須だし、丁寧なドクターに見つかると耳に脱脂綿を突っ込まれる。
犬も夕日をみていたりする。
学生さんたちがクリケットをしている。
藪にはいるとうんこやサソリがいるので危険だ。
人によっては立派なクリスタルを拾える。

七時過ぎに夕食になる。
昼よりは量が少ない。
やはり保温ジャーに入っている。
それぞれをお盆の上で全部混ぜ合わせて食べる。
それがインドスタイル。混ぜれば混ぜるほどおいしくなる。

七時半から九時くらいのあいだに夜の回診がくる。
ドクターによってくる時間が違う。
血圧と脈診と問診。基本は朝の脈診と同じ。
治療や症状の疑問はつっこんで質問すれば答えてくれるけど、はじめは「ノープロブレム」。
場合によってはお薬が処方してくれる。頭痛薬や湯たんぽやうがい薬がでた。

夜のお掃除は九時過ぎから始まる。掃いて、床を薬剤で拭く。
時によっては眠くてしょうがない中、掃除が終わるのを待つ。

一〇時をすぎたらば大部屋の扉の鍵を閉める。
イベントがあるときはそれが一二時くらいになったりもするけれど。
後は各自好きな時間におやすみなさい。


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by sonoheso | 2011-11-28 17:35 | へっぽこインド滞在記

暗闇のなかで対話

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外苑前のダイアログ イン ザ ダーク
に行ってきた

真っ暗闇を探検する
視覚障害者のアテンダントの導きで
視覚以外の四感だけの世界を
体験する
そこは橋があったり
ぶらんこ

駅のホーム
素敵なバーさえもある
日常空間

でも視覚を使わないだけで別世界
いわば世界を再体験するのだ

日常なんて当たり前
季節の匂いも
隣の人の身じろぎしる気配も
ベルのつややかな手触りも
ワインの目がくらくらするような味わいも
鈍くなったわたしでは見過ごしてしまう

目をふさがれるだけで復活する
五感はそう簡単に衰えはしない

いやさ
五感をフル活用したからって
どうなのって思うでしょう?
それがフル活用すると生き返る
器官をちゃんと使うと
全力疾走したあと熟睡できるみたいに充実感が訪れる

こんなみっしりとした充実感
なかなか味わえない
普段どれだけ限らた情報を
受け取っていたのかと思う

8名で出かける暗闇探検
今年一杯は平日も開催中
by sonoheso | 2011-11-27 18:05

シロダーラは油をたらすもの、そんでびりびりするもの。

旅行・地域

3週目のトリートメントはシロダーラだった。
写真でよく見る温かいオイルをおでこにたらすあれだ。
ストレスに良いらしい。
おでこにオイルがたれているだけなのに脳味噌がマッサージされている感じで気持ちがいい。
うっかり寝そうになる。

でも、こういう単純な気持ちよさも一日二日のこと。
毎日オイル漬けで、オイルがどんどん中に入り込んでいくと体が重ダルくなる。
カレーを食べた皿に洗剤をかけて放っておいたら、
汚れがふやけて、はがれて、濯ぐだけ簡単みたいなことが体内で起こっている感じ。
アーマ(毒素)が浮き上がって、ドーシャ(ヴァータ、ピッタ、カパのこと)に変わり、排出されるのがわかる。

排出されるのはいい。
デトックス祭りだもの。
気持ちはそうでも頭は重いし動きたくない。
それでもバスティはしているから、アグニ(消化力)は小さくなる。
アグニが小さくなると食が細くなる
食が細いと体力が落ちる。
動けないのは当然だ。

立ってるのつらーい、大声出すのつらーい、という状況だ。
そんな中でも、年末年始のイベントを張り切る。
張り切ってインドの先生方の前で南京玉簾をする。
サダナンダ先生の前でも南京玉簾を披露する。
元旦は南京玉簾4回公演で、自分が入院患者なのか芸人なのかわからなくなった。
冷や汗かいたってバスティで具がでたってなにしたって芸人はやるときはやらねばならない。

そうしてしんどい日々を越えシロダーラ五日目。
今日もだりいなと思いながら堅い治療台に寝転がる私。
オイルをおでこにたらすドクターマラヴィカ。
相変わらず雑で瞼においたローズウォーターパックがずれている。
でも自分で直すからいいのだ。

なにかが違う。
いつもと違う感覚がある。
頭のてっぺんから右の指先、手も足も、ビリビリする。
弱い電流が走っているみたいだ。
それが左にも巡って体を一周している。
電池になった気分だ。
このビリビリはサマーディの聖なる石をさわったときと同じフィーリング。
温泉みたいにあったか気持ちいい。
そうして肉体が孫悟空の頭の輪エリアからゆるむ。
せき止められていたダムが壊れ、水が一気に流れ出したみたいに何かが開通した。

六日目、七日目とシロダーラをしてびりびりが始まるのが速くなる。
最後の日なんて終わってからもずっとびりびりしていた。

シロダーラをしている間と後はちょっと感情的で泣いた。
普段は涙を流すなんて水分の無駄だ、ぐらいに思っているのに目から何かがでる。
昔の嫌な上司の偉ぶった態度を思い出して怖くて泣いたり、
遅刻したドクターにきれている患者さんをみて怯えて泣いたり、
カースト制度の話をしているうちに悲しくなって泣いたり、
ちょっと頭がおかしい。

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by sonoheso | 2011-11-27 18:00 | へっぽこインド滞在記

インディアンクリスマス。しかし、彼らは何かを勘違いしている。

旅行・地域

インドでのクリスマスは
どうせヒンディー教には関係なしだから豆団子食べさせられて、
ドクターたちに「それなによ?」みたいに言われるんだろうとおもって、
同時期に滞在している日本人でクリスマスを楽しむべく、
クリスマスイブにキャロリングを企画した。

キャロリングというのはクリスマスイブにチビッコたちが賛美歌を歌って家々をまわる行事だそうで、クリスチャンの佐藤先生の発案だ。 
私たちはチビッコではないけれどカレンダーで作ったトンガリ帽に手にはキャンドルを持つ。
私は着物で南京玉簾を手に持った。
みんなで産婦人科で「きよしこの夜」を歌って赤子に爆泣きされたり、
コテージ棟でオーストラリアンやカナディアンの拍手を貰う。

コテージから出てきた西洋人の前、
懐中電灯で照らされ「もろびとこぞりて」や「We Wish a Merry Cristmas」を歌い、
南京玉簾を披露する。
手に下げたかごから、インセンスと折り紙の鶴を配ると、みんな笑顔、我等も笑顔。

次の日クリスマス当日、朝からドクターたちはそわそわ
メリークリスマス!
メリークリスマス!
言いながら、今日はケーキとパーティーあるから楽しみにしていてね!
とウキウキしている。
パーティー会場は大部屋から二つ隣の教室で窓はガラスだから丸見え。
なのに学生さんやドクターたちはこそこそ飾り付けしている。
もてなされる側のマナーとして、見えないふりをする。 

夕方にパーティー開始。
インターンや看護師さんたちはおめかしして、いつもより豪華なサリーやパンジャビを着ているし、私たちにも化粧して髪を結っておしゃれしろと発破をかける。

パーティー部屋に入れば風船や星、色とりどりのモールで飾り付けされ、なぜだかお盆の上でキャンドルが一ダースくらい燃え盛る。
さらに蓮のキャンドルがくるくる回ってハッピーバースデーを電子音で奏でている。
たぶん、インド人は何かを勘違いしている。

患者の子供二人がクリスマスケーキを切ると、
くす玉が割れキラキラ紙やキャンディが散らばる。
それをきっかけにインド人たちは一瞬でテンションを振り切り、
クラッカーを連射し、壁の風船を割りまくり、雲スプレーを振りまきまくる。
西洋人もイエーイとばかりに喜ぶ。
そんな中、床に落ちたキャンディを片付ける日本人たち。
踏んだら割れるのが気になってしょうがない。
さすがお米一粒にも神が宿る国の民。

カラフルにアイシングされたケーキは三つあり、
一つのケーキに「サンタ マシュー」とかかれていた。
インドでサンタはマシューという名前なんだろうか? 気になる。

ちなみにパンチャカルマ中は病院でだされるもの以外は食べられない。
原則肉魚禁止のベジタリアン、スパイス豊富ないわば薬膳料理だ。
滞在している欧米人は厳格なビーガンの方も多いのでケーキはビーガン仕様。

そうこうしているうちに病院から私たちへのプレゼントを渡される。
中にはインドらしいファブリックのトラベルケース。
まさかクリスマスプレゼント貰えるとは思っていなかったので嬉しい。

あとは演芸タイムだった。キャロリングで歌ったものを再度歌ったり、
南京玉簾したり、
学生たちがインド応援歌を歌ったり、
カタックを踊ったり。
締めにここプネは学問の神ガネーシャの街なのでドクターと学生さん全員でガネーシャシュローカという祭りのときに唱える詩歌をがなり終了。

と思いきや、外に連れ出され花火をする。

いつもはひよっこのインターンたちのお姉さんお兄さんぶり
(でもケーキをおいしそうに食べる姿は可愛い)
と二十歳の学生さんの無邪気さ仲の良さに感動した。
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by sonoheso | 2011-11-26 18:14 | へっぽこインド滞在記

冬の季節の過ごし方ってものがあるらしい


アートな秋&自分磨きの秋を楽しむなら?

サトヴィックアーユルヴェーダスクールの
【アーユルヴェーダ 季節の料理と過ごし方  冬編】
に参加してきた
健康な人でも
季節に合わせた対処をしないと病気になる
というのがアーユルヴェーダの考え

たとえば、寒いのに半袖だと風邪ひくみたいなこと
いや、それはちょっと違うかな
寒さでヴァータ(動きの要素)が上がって痛みを感じやすくなって関節痛
寒さで水分が奪われ肌が乾燥する
寒さでヴァータ(動きの要素)が上がって眠りが浅くなる
そんな感じのトラブルたちを
日常の過ごし方と料理で対処しよう
そんな講座

要するに台所薬局なわけです
日本でいう
風邪の時には大根のしぼり汁と蜂蜜を混ぜたもん
たまご酒飲む
のどにネギを巻く
そういうこと。

インドだったらスパイス天国(まあ、スパイスは生薬ですから)なので
風邪なら
黒こしょう、丁子、シナモン、ナツメグ、生姜すりおろし、ターメリック
を煮て、煮出して、冷めたら蜂蜜を加えて飲む
というレシピになる。
お土産にこの風邪薬のスパイスミックスをもらったのだけど
いい匂い
冬のにおい
スパイスワインに入っている匂い
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インド人のアーユルヴェーダ医師が教えてくれる
料理もして食べられる食育講座
料理教室ではないので
いちから作るわけではないけれど
スパイスをどのタイミングで入れるか
どれぐらい炒めるかがわかって参考になった
簡単だし作ってみよう
あと、優しい味でおいしい
おなかに軽いから
食べた後眠くならないし、体がぽかぽかしてくる

食べるとこらからすべてははじまる
ってのはすごく腑に落ちる
食べるものから
この細胞は作られているのだ
その素をおろそかにしては
いい肉体も、いい脳も、いい五感も、いい考えもできあがらなかろう
暑いときと寒い時では食べたいものが異なる
旬があるのも
そのときの肉体にあわせた薬なんだ

ちなみに冬にダイエットはもってのほか
体の消化の火がもえあがる季節なので
燃やすための栄養が入ってこないと
体組織を燃やし始めて病気の素
何をやるにも
ちょうどいい季節ってのはあるね

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初冬にやってはいけないこと メモメモ

・軽い食事や乾燥した食物をとる(燃やすものがなくなっちゃう)
・大量の辛味、苦み、渋みをとること
・寒いときに冷性のものをとること
・食べ合わせの悪いものをとること
・熱い風呂やシャワーを長く浴びない事
・入浴後に冷たい風にあたること
by sonoheso | 2011-11-26 16:49 | アーユルヴェーダ
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